つまりこういう問いがある:意識経験を決めるのは、脳の領野だろうか?それとも感覚入力の属性だろうか? Hurley and Noëにとっては意識経験が脳の中だけでは決まらないというための議論だ。そしてこれは実験的に検証可能な問いでもある。

左にあるのが幻肢の例だ。幻肢では腕からの入力を失うことによって、体性感覚野の腕領域は(たとえば)顔からの感覚入力を受けるような可塑的変化が起こる。幻肢では顔を触ると失ったはずの腕を触られたような感覚が生まれる。つまり、意識経験が脳部位によって決まっている例であると言える。

右にあるのが点字の例だ。全盲の人が点字によって字を読むとき、視覚野が活動することが明らかになっている。(生理研の定藤先生の仕事だ。) どういう経路でか、体性感覚の入力が視覚野に入力するような可塑的変化が起こっているらしい。ではこの視覚野の活動は視覚だろうか、触覚だろうか? 磁気刺激によってこの被験者の視覚野を活動させると触覚が生まれた。つまり、意識経験が感覚入力によって決まっている例であると言える。(=> Note 1)

pooneilの脳科学論文コメント: 盲視でおこる「なにかあるかんじ」

つまりこういう問いがある:意識経験を決めるのは、脳の領野だろうか?それとも感覚入力の属性だろうか? Hurley and Noëにとっては意識経験が脳の中だけでは決まらないというための議論だ。そしてこれは実験的に検証可能な問いでもある。

左にあるのが幻肢の例だ。幻肢では腕からの入力を失うことによって、体性感覚野の腕領域は(たとえば)顔からの感覚入力を受けるような可塑的変化が起こる。幻肢では顔を触ると失ったはずの腕を触られたような感覚が生まれる。つまり、意識経験が脳部位によって決まっている例であると言える。

右にあるのが点字の例だ。全盲の人が点字によって字を読むとき、視覚野が活動することが明らかになっている。(生理研の定藤先生の仕事だ。) どういう経路でか、体性感覚の入力が視覚野に入力するような可塑的変化が起こっているらしい。ではこの視覚野の活動は視覚だろうか、触覚だろうか? 磁気刺激によってこの被験者の視覚野を活動させると触覚が生まれた。つまり、意識経験が感覚入力によって決まっている例であると言える。(=> Note 1)

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