村上) - 前から思っているんだけど、チャーリーパーカーの演奏テクニックの話をだれもしていないんです。オスカーピーターソンの話ならばピーター村のテクニックはすごいねおという話になる。セロニアス・モンクについていえば、あの人はテクニックはそんなにないけれど、そのオリジナリティーで深い音楽性でテクニックのことなんて忘れさせるとか、やはりテクニックの話になる。だけどチャーリーパーカーのテクニックのことはだれもとくに話題にしない。そう思いません?
松家) - たしかにそうですね。
村上) - これは不思議なことですよね。なぜならあの人は実際にはすごいテクニックを持っているから。ときどき信じられないような複雑なフレーズを軽々と素早く吹いてしまう。注意して聴くとその技術のすごさに驚嘆します。なのに誰もそれを話題にしない。
僕の理想とするのはそういう文章なんです。文章がうまいとか、すばらしいとかそんなことは別にどうでもいい。それ以上の何かを表現するために文体があります。文体は文意やメッセージを有効に支えるためのものです。それが表から透けて見えてはいけないんじゃないかと。